JSLアカデミー

なぜ飛山は育毛メニューを導入しようと思ったのか?

美容系サロン様向けに「育毛集客メニュー」導入セミナーを全国に展開する・名古屋の飛山真徳[ヒヤマ マサノリ](1965年1月6日生まれ・55歳)って実はこんな人です。

 

飛山真徳・ぷろふぃーる

・岐阜県加茂郡出身、可児工業高校を卒業後、岐阜の美容室に2年。愛知県一宮市の美容室に2年。大阪府に本社がある全国に数百店舗を展開する大型美容室グループに16年在籍中に店長や東海地区エリアマネージャーなどを歴任。

35歳の時に愛知県名古屋市で低料金サロンで独立。36歳で2店舗目も低料金サロンで出店。47歳で3店舗目を髪質改善専門店で出店。

3店舗目を出店後、1年で髪質改善での美容メニューに限界を感じ、育毛メニューに着目し、2年間の育毛スクールの修行をへて育毛メニューを導入。

今回は、わたくし飛山がこの育毛メニューにどう出会い、導入までの私の中のココロの葛藤やスタッフに何が起こりどのように変わったのかを綴っています。

更には、独立当初2500円前後だった客単価を18000円台にまで伸ばしてきたサロン改革の全てをちょっと時系列風にまとめてみました。

今日は集客のお話は一切ありませんがお付き合い頂ければ嬉しいです。少しばかり長いですが、珈琲でも飲みながら読んで頂ければ幸いです。

 

育毛メニュー導入前の飛山サロン

美容室経営なんて、“楽”!

ちょうど20年前。カット1500円・パーマ3000円の低料金の美容室をOPEN。翌年、2号店を出店!そして3店舗目も出店!今に至ります。

当時のスタッフ数は18名・客単価は平均2500円台・月間総客数1店舗2000名・1日最高客数1店舗で97名・街の人気サロンとしてそんなに苦労もせずOPEN以来「ボチボチ」の経営をしていました。

【安ければ儲かる!】この言葉を信じ、低料金で約30年余り美容師をやってきた私は、ちょっと客数が下がる時でも、チラシ広告で月に100名以上の新規のお客様を集客できていましたので集客に困る事はほとんどありませんでした。

スタッフには業界では最高水準のお給与を渡せて、5年に1度は引っ越しをして、週末は家族で出かけ。夫婦でいい車に乗り、二人の可愛い娘たちも美容師になってくれて、このまま幸せな人生が続くものとばかり思っていました。

「客数減少」で初めての挫折

ところが、独立後12年を過ぎた(今から8年ほど前)頃から総客数が中々伸びなくなってきたのです。

チラシ広告を出しても、反応が段々と悪くなり、毎月チラシ広告を出さないと、売上を維持できないようになってきたのです。

集客には困った事がなかった私のサロン経営にとって「前年比で総客数の減少」は衝撃的な出来事でした。そして初めての「昨対売上ダウン・・・」ある意味ショックでした。

低料金サロンにとって客数は生命線です。薄利多売の経営なので客数自体が減り始めると、経営状態はいっぺんに苦しくなるのです。これが独立後初めての挫折となりました。

ライバル店の出店

当時、地域では一番お値打ちなカット料金(1500円)でした、“安いけどクオリティの高い店”でちょっと有名でしたので、まさか「お客様を奪われる」なんて夢にも思いませんでした。

売上ダウンの原因は、そうです「1000円カット店の進出」です。当サロンの前の道路を挟んで向かい側に派手なネオンを輝かせる。超低料金のチェーン店がOPENしたのです。

広告を出しても、値下げキャンペーンをしても、ドンドン客数が減り続ける毎日。独立以降そんなに売上で困った事がなかった私にとって、「客数と売上のダウン」と言う現実を受け入れる事ができませんでした。

「大丈夫!何とかなる」ハサミ1本でやってきた私には、例え相手が1000円でも、自分のお客様は失客しないと言う自信もありました。

それでも予想を上回る失客と、今まで少しずつ貯めていた預金を崩さないと18名の給与を払う事ができない現実に耐えられない月末が続きました。

そして更には、銀行からの借り入れを断られ、人生初めての家族に内緒での消費者金融での借入。毎月毎月コンビニATMで返済が始まるのです。

 

サロンの転機そして決意!

「育毛」との出会い

売上が減り始めた当時、私は、長野までニュースレターの勉強会に月一で参加していました。そこで講師の方から、思いもしなかった運命の美容室を紹介されたのです。

「育毛メニューやってみないか?」(運命の出会いってやつです)

ニュースレター歴10年の育毛専門美容室のA氏です。その出会いは衝撃的でした。それから間もなくして育毛のセミナーに参加する事を決意。何とかかき集めた受講費30万円を握り、名古屋での育毛講習に参加させて頂いたのです。

紛れもなく、あれが私の「育毛人生」の第一歩でした。たった1枚のビフォーアフター写真を見せられて、完全に育毛集客の虜になってしまったのです。

これで、「貧乏美容室から脱却できる」そこに迷いはありませんでした。

育毛という新しい世界に足を踏み入れる

この育毛メニューは、ディーラーも知らない、ライバル店もほとんど導入されていない。集客と売上で悩んでいた私にとって、将来がいっぺんに明るくなる夢のようなメニューでした。

しかも、高額メニューや継続メニューの導入という事で、今まで客数を伸ばす経営に重点を置いていた現実から、今度は客数を気にせず客単価を上げる経営にシフトを変える事ができる、これこそが美容業界の進むべき道だと悟った瞬間でした。

当時のメニューは100万円コースのみ。とんでもなく高額で自信などこれっぽっちも無かった私ですが、月間でたった1人獲得するだけで、客数減少に関係なく売上を上げる事ができる。

スタッフのお給与を渡せれる。「絶対に成功したい!」飛山はその先にいくつもの試練が待ってる事も知らず、新たな決意をするのです。

そして初めての広告配布!

そして待望の育毛メニューを載せた広告の配布!「これで全てが上手く行く」と何の迷いもなく信じていました。しかし神様ってのは、本当に人生に試練(課題)を与えてくださるんですね!

育毛メニューは1年コースの100万円コースのみ。3パターンからの選択で、価格は全て2万円引きの98万円の料金1種類でした。

まずは新聞に掲載。次に新聞折込チラシ。更には地域情報誌に掲載と広告を出したのです。

しかし、掲載後、待っても待っても電話が鳴らない。焦る気持ちを抑えながら、待つこと1週間くらいだっただろうか、1件の育毛のご予約が入ったのです・・・

 

試練。導入後最も恐れていた事態に!

お客様第一号

待ちに待った待望の育毛のお客様です。初めてのお客様は60代の薄毛でお悩みのお客様がご来店でした。

何度もカウンセリングのシュミレーションしたはずが、お客様の前では緊張してしまい、更にはマネーブロックで、目が$になってしまい思うように対応する事ができない。頭の中が「真っ白」に。

自分で作成したカウンセリング用の手書きの資料をクリヤーファイル2冊に挟んで、1枚1枚めくりながら説明を繰り返すだけの、今から考えればかなり原始的なカウンセリングでした。

しかも、そのお客様は色々な育毛サロンに足を運んでいるようで、玄人並みの知識をヒケラかし、私に何度も挑戦状(質問)を送るのです。結局、契約や売上に繋げる事などできず、育毛美容師歴たったの1か月の私にとって「ほろ苦いデビュー」となりました。

初めてのクレーム

それから、少しずつ新規のお客様を経験し、何とか月1での契約を取れるほどになったころ、ある「事件」が起きたんです。

この育毛メニューで、私をご指導下さったサロンのお客様は髪の毛が改善されていたので、何の迷いもなく、このメニューでやれば改善するものだと、半ば天狗になっていたのです。

1人のお客様が育毛1年コース(98万円)を現金で購入されました。

びまん性(全体に薄くなる)の一般的な薄毛のお客様でしたので、マニュアル通りにサロンケアとホームケアの指導をしていたのですが、3ヶ月、4ヶ月と経過しても、髪の毛に中々改善が見られないのです。正直、焦りいました。

そして半年が経ったころ、そのお客様から一本の電話が入ったのです「お金を返して欲しい」・・・恐れていた事が現実となってしまったのです。

育毛メニューの怖さ・・・

頂いた金額を返金する準備を・・・恥ずかしいと言うより、詐欺師にでもなったような罪悪感がありました。(こんなはずじゃなかった…)

お金を返す事より、「この育毛システムで改善しない事もあるんだ!」と言う事実を目の当たりにした事が一番のショックでした。

日々研究されている日本の医学でさえ発毛商品など存在しないのに、たかが美容サロンで素人の私に発毛なんてできるハズがない。そんな風に逃げ腰にもなりました。

スタッフの育毛メニューへの思いも急降下

当然、店長やスタッフ方も、クレームがあってからは全く乗り気ではなく、ただ私だけが日々対応している現状に、正直私自身もやる気が消えかける事も何度もありました。

売上を上げる事ばかり考えていた私は、目の前のお客様の改善に目を向けていなかったのです。

そして言い訳など一言もできず、結局、連絡があってから1週間後、そのお客様に頂いた料金を返金する事にしたのです。(この返金は最初で最後になりました)

その後は、スタッフの育毛メニューへの思いも更に急に下がって行きました。無理もありません、元々私が勝手に始めた育毛メニューでしたから、スタッフのモチベーションが下がるのも当然です。

どんな集客法でもそうですが、結果が伴わなかったり、お客様に納得して頂かないと、その対価は頂けないのです。ましてや高額メニューともなれば、尚更です。

 

結果にコミットした、新たなメニュー作り

2つの改善点

いくらシステム化をしても、改善率が低くては意味がない事に気付かされた私は、発毛効果を上げるために、再度お客様のメニューを分析し、何度も試行錯誤を繰り返し、ある結論に達する事ができたのです。

それは、結果が出ないお客様がいる中で、順調に髪の毛が改善されているお客様も何人か居る事に気が付いたからです。

その方達のアンケートを取り、サロンケアやホームケアの指導の見直しを徹底して、ついに結果にコミットした新しいメニュー化にたどり着きました。

その一つがお客様1人ひとりの症状別のメニューを作る事です。お客様のお悩みは抜け毛や薄毛、更にはボリュームや脱毛と症状は様々ですし、お財布の重さもそれぞれですので、料金からプラン内容までお客様に選べるようにしたのです。

そしてもう一つは徹底したホームケアを絶対条件にメニュー化をする事でした。1年は365日ありますサロンに毎週通っても年間48~50回です。後の300日以上はホームケアになります。

実は、毎日行うホームケアこそが、改善の重要なポイントだと分かってきたのです。

「飛山式」の誕生!

ホームケアを徹底してサロンケアをメンテナンス、という考え方をお客様に植え付ければ、お客様が「サロンで改善するもの!」から「ホームケアが大事なのね!」という考え方に変わってくれるからです。

この新たなシステムの導入により、それ以降、一切のクレームもなくなりました。あの返金が結果が出なかった最初で最後のクレームになったのです。

これが【飛山式育毛集客メニュー】の誕生秘話になります。

 

サロン最大の危機!スタッフとの葛藤

当時のサロンの課題

この育毛メニューの導入までは、単価が2500円台とかなり低く、いわゆる薄利多売の低料金サロンでした。

受付終了が18時なのに、土日ともなれば18時の時点で待合の長椅子に10名近くのお客様が順番に並び、最後のお客様が終わるのは、21時過ぎになってしまいます。

掃除や乾燥機から出た1日分のタオルたたみで、終礼が終わるのが22時を回ってしまう事もしばしばありましたから、こんな状況から早く抜け出して、客単価を早く上げて今のスタッフにもっと楽をさせてあげたい!といつも思っていました。

“値上げ” 反対!

この育毛メニューを3店舗に導入するタイミングで店長3名に「値上げ!」のお話しをしたのです。すると予期せぬ返事が・・・「値上げ反対!」

それは当然の話でした。当時の美容界は「値下げ合戦」の真っ最中。客単価を下げないと新規のお客様が来店してくれない状況でした。

そんな時に“値上げ”なんて、「何考えているのですか?タダでさえ客数が減っているのに、“値上げ”をするなんて確実に客数は激減し売上も下がるのは目に見えています」と言われたのです。最もな考え方です。

周りのライバル店や大手のチェーン店も軒並み「値引きキャンペーン」をしているのです。ディーラーだってキャンペーンしろと押せ押せでしたから。

ある程度覚悟はしていたものの、何とかスタッフを説得しないと、ドンドン値下げスパイラルにはまってしまう。そうなれば、元の価格に戻せなくなってしまい更に労働はしんどくなってしまう。

飛山とスタッフ全員とのミーティング!

とにかくスタッフ全員とミーティングをすることにしました。まずはスタッフの気持ちを聞こう、そして私のスタッフへの想いとサロンの将来を言葉にして伝えて見よう。そう思ったからです。

予約制ではないので、忙しい日には80人~90人ものお客様を6~7名のスタッフでこなさなくてはなりません。もうすでに客数の限界に来ていました。

1人20~30名のお客様を毎日カットしますから、スタッフの腱鞘炎も心配だったし、スタッフみんなも家庭がありましたので、帰りが遅くなるのも気にかかっていました。

スタッフの平均年齢が私より高いので、年々疲れた顔つきになるし掃除の時には「早く帰りたいオーラ」が出ていましたから、この体制を変えるべくサロンの改革を提案したのです。

改革には痛みが伴います。服務規律の件でも緩和する内容や厳しくなる内容から、今後は完全歩合制に移行する給与体制の経緯も含め、社労士の顧問と一緒に考えた内容を説明をさせて頂きました。

スタッフの半数以上が・・・

ある程度、覚悟していました。何人かは辞めるかも知れない事を。案の定ミーティングから数日後、数名のスタッフから退社の申し出がありました。

結局、半数以上の10名が退社。これには少し驚き辛かった事を覚えています。正直経営がしんどかったです。

救われたのは、辞めずに残ってくれた店長3名とスタッフから「育毛メニューを3店舗で導入して代表の目指す美容室を作りましょう」と言われた言葉にどれだけ救われたか・・・あの時残ってくれたスタッフには“感謝”しかありません。

“値上げ” 決行!

ディーラーから「値上げ」に大反対された私は、スタッフを味方に付け福利厚生を充実させる事をお約束して、何とか「値上げ」を決行したのです。

とは言うものの、まだまだ値上げをするサロンデータがない時代でしたから、やってみないと分からない状態だったのです。

とにかく最初は1割アップからスタートして、2割アップ、3割アップと、2年くらいかけて、少しづつ値上げをしたのです。それに比例して客数もどんどん減っていきます。

年末の忙しい時には、1店舗で2,000名を超えていた客数も、昨年の年末は500名ほどになっています。客数はなんと4分の1以下にまで減少したのです。

幸いなことに、お客様単価は値上げ前2,500円だったのが、18,000円にまでおよそ7倍になりました。これもあの時辞めずに残ってくれたスタッフ達の“おかげ”に他なりません。

定休日も毎週月曜&火曜の完全週休二日制になっています。多い月には11日間の公休が取れるサロンなんて、そんなにありませんよね!

 

初めての社員旅行

初めての社員旅行

今までサロンの休みが年末年始しか無かったので、スタッフと旅行に行ったことがありませんでした。当時は忙しすぎて休みの日には身体を休ませたいとの思いも強かったので、考えもしませんでした。

値上げをして、お客様の数も減り、定休日も完全週休二日制にする事ができたので、ウチのコンサルタント(宮野秀夫氏)の指導もあり「社員旅行」に連れていく事ができました。3年前の2017年にスタッフの希望で【沖縄】に2泊3日で初めての社員旅行に!

普段あまり見せないスタッフの素の一面を見ることができました。あんなに喜んでる笑顔は営業中には中々見ることが出来ません。本当にはしゃいでいたは、このわたくし飛山だと言う事は言うまでもありません。(笑)

夜の感謝のミーティング

夜の高級ディナーが終わり、夜景を楽しみながらスタッフみんなをデッキに集め、私からのちょっとした【サプライズイベント】をしました。

1人ひとりに手紙を書いて、私は全員に慣れない朗読をしました。サロンの体制を半ば強引に変えたのにも関わらず、残って頂いたスタッフみんなへの“感謝”の言葉をウルウルしながらも一人ひとりに語らせて頂きました。

そして、みんなにサプライズで○万円のおこずかいも渡すことが出来たのです。本当に喜んで頂きました。

笑いあり、ハプニングありの、たった3日間の旅行でしたが、大いにリフレッシュでき、初めての素晴らしい旅行として、忘れられない思い出になりました。

来年は海外に!

一昨年は北海道に決まっていましたが地震でキャンセルになったので、昨年の秋に念願の北海道に2泊3日で行って参りました。

今年は、実は海外(アジア)を予定していましたが、この新型コロナウイルスの影響で渡航できず、今年の秋か、来年に持ち越しになる予定す。(楽しみ~!)

ヤッパリ、社員旅行はやった方がいいですよ! なぜかって?旅行の後、必ず売上が「スパッと!」上がりますから。これって不思議なんですよね~モチベーションが上がるのか、サロン内の【気】が良くなるのかは分かりませんが、皆さんのサロンでも、絶対に社員旅行をやった方がいいですよぉ~!!!

 

仲間(サロンオーナー)との出会い

JSLアカデミー誕生

ウチのコンサルタントとの出会いによって、この育毛システムを発信する事で、沖縄から青森まで、のべ100店舗のサロン様との育毛での繋がりを作る事ができました。

今では、全国のサロン様へこの活動を共に頑張って下さる講師陣の先生方も増えて「JSLアカデミー」として美容室・エステ&脱毛サロン様に育毛集客法を伝える活動をさせて頂いております。

2020年の活動

今後は、全国の美容系サロン様との交流を更に深めて行きたいと思っています。

更には抜け毛や薄毛でお悩みの全国のお客様の髪の毛を一人でも多く改善できるよう我々一丸となってこの活動を更に加速して参ります。

育毛メニューに感謝!

以上で、なぜ飛山は育毛メニューを導入しようと思ったのか?をお伝えしました。
低料金でスタートし、独立後12年で高額メニューへ切り替えた名古屋の美容室のお話でした。

色々な業種の企業がある中で、様々な業種別の転身やセカンドビジネスの成功事例が数え切れない程存在するこの時代に、50年間ほとんどその集客内容を変えずにいる美容系サロンが、今まさに変革の時期に来ていると言っても過言では無いと思います。

 

 “感謝”

悔い

実は8年前に双子の娘がこの美容業界に就職をしたんです。人一倍頑張り屋さんで愚痴ひとつ言わない、超がつくほど真面目な娘でした。

家族全員が美容師一家になれ、将来は跡継ぎにと喜んでいたのですが・・・

残念な事に、手荒れが全身に回ってしまい、余りにも皮膚の状態が良くないので、3年目で私から「辞めてもいいよ」と話しをして、この業界を辞めて転職したのです。

ハサミからブラシやコームまで、私のお古を全て準備していたのですが、その夢は叶うことなく美容業界を去る事になってしまいましたが、今現在二人の娘は毎日、当時より元気に仕事に通っています。(笑)

今は別な職場で働きながら、時々私のもう一つの会社でおこずかい稼ぎもしています。今年で28歳になりますが、結婚の「け」の字も感じさせない娘達ですが、いずれ、私と同じ職場で一緒に働けたらとささやかな願望を持っている親バカなわたくしです。

終わりに

少し長かったですね。文章だらけで少しお疲れかと思います。熟読して下さり本当にありがとうございました。

今、元気のない美容系サロン業界に、何かしらお伝えする事ができればと考えています。私のような個人にできる事など限られてはいますが、それでもここまで育てて頂いたこの美容業界に少しでも恩返しが出来ないだろうかと願っています。

感謝!

この記事を読んで頂いたあなたは、ライバル店とは競争しないサロン経営をされているはずですし、今後どのような事に気を付け、どう集客して行けば良いのかも分かったはずです。

客数に捕らわれず、お客様単価を上げるべく顧客満足度をしっかりと意識して、お客様に信頼される経営を目指して行くことでしょう。

最後まで、お読み下さり本当にありがとうございました。